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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)253号 判決

柴川泰蔵訴訟承継人 控訴人(附帯被控訴人) 柴川寛 外七名

被控訴人(附帯控訴人) 株式会社奥沢商店

主文

一、控訴人柴川寛、柴川隆、柴川たず(以上柴川泰蔵訴訟承継人)甲島善五郎、小塚節子、株式会社八百浅、江戸自慢本舗株式会社八百浅商店の控訴はいずれもこれを棄却する。

二、原判決中、控訴人株式会社八百浅商店にたいする部分を取消す。

被控訴人の同控訴人にたいする請求を棄却する。

三、原判決中、控訴人柴川泰蔵(訴訟承継人柴川寛、柴川隆、柴川たず)にたいし、被控訴人にたいする昭和二六年一月一六日から別紙〈省略〉目録記載建物明渡済にいたるまで一ケ月金四千百九十五円の割合による金円の支払を命じた部分および、同控訴人にたいするその余の請求を棄却した部分を左のとおり変更する。

控訴人柴川寛、柴川隆および柴川たずは被控訴人にたいし、昭和二六年一月一六日から同年一二月三一日まで一ケ月金一万五千円、昭和二七年一月一日から同年一一月三〇日まで一ケ月金一万九千百三十六円、同年一二月一日から同年同月三一日まで一ケ月金二万円、昭和二八年一月一日から同年一二月三一日まで一ケ月金二万一千八百八十円、昭和二九年一月一日から昭和三〇年一月三一日まで一ケ月金二万五千円の各割合による金円の各三分の一ずつを支払うべし。

被控訴人の右控訴人らにたいするその余の請求を棄却する。

四、控訴人江戸自慢本舗株式会社八百浅商店および株式会社八百浅は各自被控訴人にたいし昭和二七年九月一日から昭和三〇年一月三一日まで前項の各割合による金員を支払うべし、被控訴人の控訴人らにたいするその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用中被控訴人と控訴人株式会社八百浅商店との間に生じたものは第一、二審(附帯控訴人により生じたものをもふくむ)とも被控訴人の負担とし、被控訴人とその他の控訴人との間に生じたものは第一、二審(前同様)とも控訴人らの負担とする。

六、この判決は被控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求は(控訴審における請求拡張の部分をもふくめて)これを棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、附帯控訴につき、控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、附帯控訴の申立として、原判決中、控訴人柴川泰蔵(訴訟承継人柴川寛、柴川隆、柴川たず)にたいし、被控訴人にたいする昭和二六年一月一六日から別紙目録記載建物明渡済にいたるまで一ケ月金四千百九十五円の割合による金円の支払を命じた部分およびその余の請求を棄却した部分を左のとおり変更する。附帯被控訴人柴川寛、柴川隆、および柴川たずの三名は附帯控訴人に対し金一百一万九千五百九十二円を支払うべし、附帯被控訴人株式会社八百浅商店、同江戸自慢本舗株式会社八百浅商店および同株式会社八百浅は各自金六十七万一千四百二十八円を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人らの負担とする、との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張、証拠の提出、援用および認否はつぎに附加するほか、原判決事実らんに記載のとおりであるからここにこれを引用する。

被控訴代理人は別紙「被控訴人の主張」のとおり附帯控訴の理由および請求の原因を補足し、なお従前の控訴人柴川泰蔵は昭和三〇年七月二四日死亡し、控訴人柴川寛、柴川隆は泰蔵の子として、控訴人柴川たずはその妻として相続し、本件建物の占有およびおのおの三分の一ずつの相続分に応じて泰蔵の権利義務を承継したから、同人らにたいし、附帯控訴申立のとおりの判決を求めると述べ、控訴代理人は被控訴人主張日時、柴川泰蔵が死亡し、その子寛、隆および妻たずがそれぞれ相続し、本件建物の占有および泰蔵の権利義務を各自の相続分に応じて承継したことは認めると答えたほか、「別紙控訴人の主張」のとおり述べた。

〈立証省略〉

理由

第一、控訴人柴川寛、柴川隆および柴川たずにたいする請求について。

被控訴人が昭和一七年一二月一一日控訴人柴川寛、柴川隆、柴川たずの先代柴川泰蔵にたいし、被控訴人所有の別紙目録記載の建物を賃料一ケ月金二百円、毎月二八日払の約で賃貸したことは当事者間に争がない。

被控訴人は、右賃貸借には、借主が一回でも賃料支払をおくらせることがあれば、貸主はその履行催告をすることなくすぐに契約解除をすることができる旨の特約があると主張し、その点に関係ある証拠は甲第一号証のみであり、他になんらの証拠もない。ところで甲第一号証によつて被控訴人の主張を認め得るかというに、甲第一号証の真正に成立したものであることは当事者間に争のないところであり、かつ同号証の記載中に「賃借料ハ(中略)持参御支払ヒ可申若シ壱ケ月タリ共支払ヲ延滞シタル時ハ敷金ノ有無ニ不拘何等ノ催告ヲ要セズシテ当然本契約ハ解除セラレタルモノトシ直ニ建物明渡ノ御請求有之候共異議無之得事」との記載がある。ところが建物賃貸借契約証書と題する同号証は、数十年前から東京の市中で売られている類の、印刷された証書用紙を用いたものである。

前記表題から最後の宛名用の「殿」の字までは三十七行にわたり、特約条項十一がビツシリと印刷してあり、特に証書作成にあたつて書きいれたとみられる毛筆墨書文字は第二行「所在」という印刷の下の「東京市日本橋区芳町三丁目三番地」第三行の「本造瓦葺二階建但し畳建具一式付」中「木瓦二階畳建具一式付」第四行此建坪との印刷文字の下の「四拾九坪五合」第五行「此賃料壱ケ月金弐百円也水道栓第号附」中「弐百円也」、第六行「右ハ貴殿御所有ノ建物昭和拾七年拾弐月拾壱日ヨリ前記ノ賃借料」中「拾七、拾弐、拾壱」末尾部分賃借主連帯保証人との各印刷文字の下の柴川泰蔵の住所氏名、松村進の住所氏名、宛名「株式会社奥沢商店」だけである。

すなわち被控訴人主張の前記特約条項は全部が印刷のされたものである。ところで世人がかような用紙を用いて証書を作成しこれをさし入れるにあたつての当事者の意思はたんに貸借について証言を作るというだけであつて、その記載内容中、当事者の具体的意識にのぼるのはその用紙に書入れをしなければ意味のない部分にかぎられその他の印刷のみの記載内容は全く問題としていないのが通例であり、したがつてかかる場合には、その調印し、さし入れた証書にハツキリと印刷してあるに拘らず、たんに例文にすぎず、当事者においてこれに拘束せられる意思を有しないものと解するのが相当である。しかるに、原審における被控訴会社代表者奥沢茂三郎、控訴人柴川らの先代柴川泰蔵各本人尋問の結果によれば、甲第一号証の作成授受にあたつては印刷せる内容についてなんらの話合いもされなかつたと認められ、まさに前説示の通例にあたるものであつたこと、とくに明かであるから、甲第一号証に前記記載あることによつては、被控訴人主張の特約の成立を認めることはできないのである。(前記奥沢茂三郎本人尋問に際し、契約書の条件で貸したことは違いありませんと供述しているけれども、他の供述部分にてらしてみるとこの部分は信用に価しない)。以上の次第であるから、被控訴人主張の昭和二十六年一月十三日発同月十五日着の書面による契約解除の意思表示は、前記特約による解除権の行使としては、その効力を認めることができない。被控訴人のこの主張は排斥をまぬがれない。

しかして原審における被控訴人代表者奥沢茂三郎本人の供述によれば、被控訴人代表取役奥沢茂三郎は、昭和二二年九月中柴川泰蔵にたいし、本件建物の賃料を一ケ月金五百円に増額することを請求したことが認められるところ、(控訴人先代泰蔵の原審本人尋問における供述中、奥沢は数額を示さなかつたとの部分は信用しない)

昭和二一年九月二八日勅令第四四三号地代家賃統制令第五条の規定による昭和二二年九月一日物価庁告示第五四二号「家賃の修正率」によれば、昭和一三年以前の建築にかかる建物家賃の停止統制額にたいする昭和二二年九月一日以降の修正率は二、五倍であり、本件建物が昭和十三年以前の建築であることは弁論の全趣旨によつて明かであるから月五百円はいわゆる公定賃料額である。当時インフレ進行の途上であり、停止統制額が引き上げられる必要を生じたことだけからも従前の停止統制額賃料はすでに不相当になつた(借家法第七条)と認めるべきで、貸主はとくべつの事情なきかぎり修正統制額までの値上げ請求権を有するものと解すべきものである。したがつて奥沢の前記値上げ請求によつて本件建物賃料は昭和二十二年九月一日以降月五百円となつたものである。

控訴人は、被控訴人代表取締役奥沢茂三郎は右増額請求にあたり、その数額を明示しないから無効だと主張するけれども前認定のとおりこれを示したのみならず、かりに示さなかつたとしても、賃料について統制が行われ、インフレはとどまるところを知らぬ勢で進行している当時統制法規のゆるすかぎり最高の値上げを欲するは貸主のつねであり、それはまた借主も一般に覚悟していたのが実情であるから、とくに明示せずとも、統制額まで値上げ請求であることは了解せられるのであり、値上げの額については、少くとも暗黙の表示ありと解すべきであつて、この点の被控訴人の主張は採用しがたい。また控訴人は、当時本件建物には雨もりがあつたので、柴川泰蔵はその修理を要求したが被控訴人はこれに応じなかつたから、泰蔵もまた増額に応じなかつたのであると主張するけれども家賃の停止統制額を一定の修正率をもつて引上げることは一般物価の値上りによつて適正でなくなつた停止統制額を是正するにあると解される上に、地代家賃統制令第六、七、八条等の規定に照しても賃貸人が建物の修繕義務を履行しないことは右修正率の適用による新統制額までの値上げ請求をさまたげないと解すべきである。それのみならず前記奥沢茂三郎本人の供述によれば、本件建物の雨もりは建物の使用にさほどさしつかえるものではなかつたことが推察されるから、被控訴人の前記賃料増額は失当であるという控訴人の主張はとるに足りない。

よつて本件建物賃料は昭和二二年九月一日から後は一ケ月金五百円に増額されたものと解すべきものである。

ところで前記奥沢茂三郎の供述および柴川泰蔵の供述の一部をあわせると、柴川泰蔵は被控訴人から一ケ月の賃料を金五百円に増額する旨の請求を受けて後、被控訴人代表取締役奥沢茂三郎方へ同人がいないとき一度だけ賃料の支払いに行つたことがあるので、(持参した賃料の額およびそれを現実に提出したかどうかについては証拠がない)家人が「主人は留守であるから、わからない」といつたら、その後は茂三郎において何回か電話をもつて公定の賃料の支払を求めたがこれに応ぜず、その後ついに昭和二二年九月分からの賃料として一ケ月金二百円の割合による金円を弁済のため供託し、昭和二九年九月当時(泰蔵の本人尋問の当時)まで右供託をつづけたことが肯認される、しかし、右供託は一ケ月金五百円の賃料の一部分にすぎないものであるのみならず、被控訴人に右賃料を現実に提出してその受領を拒絶されたことの証拠はないから泰蔵は右供託によつては賃料支払義務を免れるものではない。したがつて、被控訴人の本件請求中、昭和二十二年九月分賃料二百円、同年十月一日から昭和二十六年一月十五日まで月五百円の賃料の支払を求める部分は正当であつて、この部分に関する控訴人の控訴は理由がない。(被控訴人は、原審において右期間中右の金額を越える賃料額を請求し、原審はこれを棄却したが、被控訴人はこの部分について附帯控訴をしていないから、この部分については判断しない)。

以上のように賃借人において適法な賃料の増額を否認し、賃貸人から契約解除の意思表示をなされるまで約三ケ年にわたつて従前の賃料額による弁済供託をつづけ、もつて適正な賃料の支払義務を怠り、これを継続する以上、賃貸人において民法第五四一条によりあらかじめ相当期間を定めて履行の催告をしても賃借人においてはその義務を履行しないことは必然であると認められる、よつてこの場合においては賃貸人において右催告をなさずしてただちに賃貸借契約を解除しうるものと解するを相当とする、(昭和二七年四月二五日最高裁判所第二小法廷判決、最高裁民事判例集六巻四号参照)そして成立に争ない甲第二、四号証によれば、被控訴人は昭和二六年一月十三日発同月十五日到達の書面をもつて泰蔵にたいし、同人が昭和二五年八月一日以降の賃料の支払を延滞したことを理由に本件賃貸借を解除する旨の意思表示をしたことを認めうるから、これにより右賃貸借は解除となり、泰蔵はその翌日からは被控訴人にたいし、本件建物を占有する正当権原を失つたものと認むべきものである。

なお、右甲第二号証には、本件賃貸借を特約第一項により解除する文言の記載があるけれども、このことによつては右解除の意思表示の効力を左右するものではなく、もとよりこれをもつて権利の濫用とすることはできない。

よつてさらに右不法占有による損害賠償について考えるに、原審における被控訴人代表者の供述および原審における控訴人柴川泰蔵本人供述の一部によれば、本件建物は泰蔵にたいし、事務所として使用する目的で貸与したことが明らかであり、(これに反する前記泰蔵の供述は信用しない)解除当時は、昭和二五年七月一一日政令第二二五号により地代家賃統制令の適用はなくなつたものであるところ、当審鑑定人椎橋信治の鑑定の結果によれば本件建物の賃料は、昭和二六年一月一六日以降同年中は一ケ月金一万五千円、昭和二七年中は一ケ月金二万円、昭和二八年中は一ケ月金二万二千五百円、昭和二九年以降は一ケ月金二万五千円であることが認められ、特別の事情の認めめられない本件においては、被控訴人は泰蔵の本件建物の不法占拠により、右賃料と同額の損害をこうむれるものと認むべく、泰蔵は被控訴人にたいし、これを賠償する義務あるものである。

しかるに成立に争ない甲第八号証によれば、泰蔵は仮執行の宣言を付した原判決の執行力ある正本により昭和三〇年二月七日本件建物明渡の強制執行をうけたことが認められるところ、同人が同年七月二十四日死亡し、控訴人柴川寛、柴川隆が泰蔵の子として、控訴人柴川たずが泰蔵の妻として、いずれも泰蔵の本件建物の占有を共同承継するとともに、その三分の一ずつの相続分に応じて泰蔵の権利義務を承継したことは当事者間に争がなく、控訴人らの右占有について被控訴人に対抗しうべき正当権原を有することの新たなる主張、立証はない。

よつて控訴人らは被控訴人にたいし、本件建物を明渡し、かつ昭和二六年一月一六日以降少なくとも前記執行前である昭和三〇年一月三一日までの損害金を右相続分に応じて支払義務あるものである。

以上のとおりであるから、被控訴人の右控訴人らにたいする本件請求は控訴人らに本件建物の明渡を求め、かつ前記賃料および賃料相当損害額の範囲内の金円の支払を求める部分は正当であるからこれを認容すべく、本件請求中、昭和二六年一月一六日から同年九月三〇日まで一ケ月金一万六千七百八十円、同年一〇月一日から同年一二月三一日まで一ケ月金一万七千八百九十六円、昭和二七年一二月分金二万六百四十円、昭和二九年一月一日から同年一二月三一日まで一ケ月金二万五千百円、昭和三〇年一月分金二万九千六百二十円の各割合による損害賠償を求める部分のうち、右相当損害額をこえる部分はすべて失当であるからこれを棄却すべきものである。

第二、控訴人株式会社八百浅および江戸自慢本舗株式会社八百浅商店にたいする請求について、

右控訴人らがもと本件建物を占有していることは当事者間に争がなく、成立に争ない甲第三号証によれば右控訴人らが本件建物を占有したのはおそくも昭和二七年九月一日以降であることが認められる、同控訴人らは右占有については被控訴人の承諾があつたと主張するけれどもこれを認めるに足る証拠はない、また控訴人らは柴川泰蔵の家族をもつて経営される同族会社であつて、控訴人らの占有は実質的には泰蔵の占有とことなるところでないと主張するけれども、仮に控訴人らが柴川泰蔵の同族会社であつたとしても、控訴人らは泰蔵とは別個独立の人格を有する会社であるから控訴人らの占有をもつて泰蔵の占有そのものとなし、これをもつて独立の占有にあらずと解することはできない、しかるに成立に争ない甲第八号証によれば控訴人らは昭和三〇年二月五日仮執行の宣言を付した原判決正本により本件建物明渡の強制執行を受けたことが明らかであるから、控訴人らは本件建物占有以来少くとも右執行前たる昭和三〇年一月三一日まで泰蔵との共同の不法占有により被控訴人に生じた損害を同人と連帯責任の賠償義務あるものであり、右損害額は第一に説明するところと同一の割合であると認むべきものである。

よつて被控訴人の同控訴人らにたいする本件請求は控訴人らにたいし、本件建物を明渡し、かつ右損害賠償義務の範囲内の主文掲記の金円の支払を求める限度においては正当であるからこれを認容し、これをこえる部分は第一と同様の理由により失当であるからこれを棄却する。

第三、控訴人甲島善五郎、小塚節子にたいする請求について、

同控訴人らが本件建物を占有することは当事者間に争がなく、成立に争ない甲第三号証、原審および当審証人玉一市五郎の証言および原審における控訴人本人柴川泰蔵の供述をあわせると、控訴人甲島、小塚はいずれも現在江戸自慢本舗株式会社八百浅商店の従業員であるが、同人らはそれぞれその使用主の承諾のもとにその家族をひきつれて独立の世帯主として本件建物を住居として使用占有しているものであること、すなわち、右控訴人は本件建物を使用主たる江戸自慢本舗株式会社八百浅商店のため代理占有者あるいは占有補助者としてばかりではなく、自己のために独立占有をもするものであることが明らかである、そしてこの占有について被控訴人の承諾のあつたことについては全く証拠がない。

すなわち同控訴人らは被控訴人にたいし、なんの対抗しうる権限なくして本件建物を占有するものであるから被控訴人にこれを明渡す義務あるものであり、被控訴人がその履行を求める本件請求は正当であるからこれを認容すべきものである。

第四、控訴人株式会社八百浅商店にたいする請求について、

被控訴人は右控訴人はおそくも昭和二七年九月一日以降本件建物を不法に占有する旨主張し、控訴人は原審においてこの事実を認めたが当審にいたり、右は真実に反し、かつ錯誤にもとずくものとしてこれを取消した、しかして原審における控訴人本人柴川泰蔵の供述の一部には右被控訴人の主張にそう供述があるけれども、かえつて成立に争ない甲第三、第八号証および当審証人玉一市五郎の証言をあわせると控訴人は本件建物を占有したことはなく控訴人柴川泰蔵の右供述は真実に反し、錯誤にもとずくものであることが肯定され、本件には右認定をくつがえす証拠はない。されば控訴人の自白の取消はこれをゆるすべきものであり、被控訴人の本件請求の原因はこれを認定しないものである。

よつて被控訴人の同控訴人にたいする本件請求はその余の争点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却すべきものである。

以上のとおりで控訴人柴川泰蔵承継人柴川寛同柴川隆同柴川たずらの控訴、控訴人甲島善五郎同小塚節子同株式会社八百浅同江戸自慢本舗株式会社八百浅商店の各控訴は理由なく、控訴人株式会社八百浅商店の控訴は理由あり、被控訴人の附帯控訴及び、請求の拡張部分は右認容の範囲内において理由があることになるから、原判決を主文のとおり変更するを相当と認める。

なお民事訴訟法第一九六条(仮執行宣言)第九六条第八九条第九二条第九三条(訴訟費用負担の裁判)にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

控訴人らの主張

第一、被控訴人主張の請求の原因第一、(一)にたいする主張、

控訴人らは、本件賃貸借契約において、賃料の支払を一回でも怠つたときは催告を要せずして直ちに契約を解除しうる旨の特約があることを否認するものであるが、仮に右賃貸借の契約証書(甲第一号証)にそのような特約の記載がなされているものとしても、右契約証書は一般市販の印刷物を使用したもので、右の記載は不動文字をもつて印刷された例文にすぎないものであるから右特約は無効である。

仮に無効でないとしても、右特約による解除権の行使は権利の濫用であつて許すべからざるものであり、かような特約がある場合においても民法所定の催告を要するものと解するがあるいは少くとも相当長期間継続して賃料不払があるときに、はじめて無催告で解除しうる趣旨と解すべきである。被控訴人はかねて控訴人柴川寛、柴川隆、柴川たず三名の先代柴川泰蔵が数ケ月分の賃料をまとめて後払することを承認していた事実もあるのである。

また、控訴人らは被控訴人から泰蔵にたいし、本件建物賃料を一ケ月金五百円に増額する旨の意思表示があつたことを否認するものであるが、仮に増額の意思表示があつたものとしても、被控訴人は値上の額を明示しなかつたから右意思表示は無効である。

仮に被控訴人から賃料を一ケ月金五百円とする旨の明示があつたとしても、当事者本件建物には「雨もり」があり、泰蔵はその修理を要求したが被控訴人はこれに応じなかつたので右増額にも応じなかつたのであつて、泰蔵は被控訴人にたいし月額金五百円の賃料支払義務を負うものではない。

仮にその義務があつたとしても、後記のように泰蔵は従前の賃料月額金二百円ずつを弁済供託しており、その差額金三百円については被控訴人の建物修善義務と同時履行の関係にあるから泰蔵には賃料支払義務の遅滞はない。

よつて以上いずれの点からしても被控訴人主張の契約解除は無効である。

第二、被控訴人主張第一、(三)にたいする主張、

被控訴人は柴川泰蔵は被控訴人の承諾なく、控訴人甲島善五郎、同小塚節子、株式会社八百浅商店、江戸自慢本舗株式会社八百浅商店、株式会社八百浅にたいし、本件建物を無断で転貸したと主張するけれどもこれについてはつぎのとおり主張する、すなわち、

(一) 柴川泰蔵と被控訴人代表者奥沢とは本件建物賃貸借契約締結当時近隣関係であり、奥沢は泰蔵が本件建物の近所に住居および食糧品関係の店舗を有し、したがつて本件建物は泰蔵自身の寝食の場所にあてるのでなく、その事業関係の倉庫用およびその従業員の宿舎に使用することを最初から認めていた。

(二) 控訴人株式会社八百浅、江戸自慢本舗株式会社八百浅商店はいずれも柴川泰蔵およびその妻子のみを取締役として組織し、実質的には個人経営と同様である。

(三) 控訴人甲島善五郎、小塚節子は当初柴川泰蔵個人商店の従業員であつて、株式会社八百浅設立と同時に同会社の従業員となり、江戸自慢本舗株式会社八百浅商店設立と同時に同会社に転じた者であつて、本件建物転貸の対象と解すべきではない。

(四) 控訴人株式会社八百浅商店は昭和二五年三月九日設立、本店を浦和市岸町七丁目八六番地とし、中央区築地に営業所を設け、主として生鮮食料品の小売販売を業務とするものであるが、昭和二七年初ごろ、右営業所を中央区日本橋人形町二丁目六番地に移し、本店は本件訴訟係属後昭和二八年初ごろ、中央区日本橋芳町一の五に移したが、同会社は右以外にはなんら建物を使用する必要のないものであつて、本件建物を使用した事実はない、よつて控訴人はさきに同会社が本件建物を占有していることを自白したが右は真実に反し、かつ錯誤にもとずくものであるからこれを取消す。

第三、被控訴人主張の請求の原因第一、(四)にたいする主張、

第一で述べたように泰蔵は昭和二二年九月分から引続き現在にいたるまで一ケ月金二百円の割合による賃料を供託しているのみならず、仮に右賃料が一ケ月金五百円に増額されたとしても、泰蔵は被控訴人の本件建物修理義務不履行により、増額分月額金三百円の支払義務を負わない。

また建物賃料は地代家賃統制令にもとずく家賃の修正率が告示されることに自動的に右修正率最高額に増額されるものではないのであり、このことは家賃相当損害金についても異なる解釈をとるいわれはない、泰蔵は被控訴人から本件建物賃料を月額金五百円とする旨の意思表示があつて以来、その後なんらの賃料増額の意思表示を受けたことはなかつたのであるから本件建物賃料および賃料相当損害額は終始一ケ月金二百円とするを妥当とし、泰蔵はこれを弁済供託しているのであるから同人は被控訴人にたいし、賃料および損害金支払の義務はない。

被控訴人の主張

第一、附帯控訴の理由

(1)  被控訴人は控訴人に対し、昭和二十六年一月十三日付同月十五日到達の書面を以て本件家屋賃貸借契約を解除する旨意思表示をなしたので、控訴人は被控訴人に対し右契約解除の効力を発生した日の翌日である昭和二十年一月十六日以降明渡済に到るまで本件家屋の不法占有による損害金を賠償すべき義務がある。

ところで、被控訴人は昭和三十年一月三十一日、本件家屋明渡請求を認容した仮執行宣言付原判決の言渡を受け、右仮執行宣言付原判決に基づき、昭和三十年二月七日本件家屋明渡の仮執行を完了した。

よつて控訴人は被控訴人に対し右仮執行により本件家屋を明渡した日の前である昭和三十年一月三十一日に到るまでの損害金を支払うべき義務があることとなる。

(2)  そこで、右損害金額を算定する。

本件家屋についてはこれより先昭和二十五年七月十一日には既に地代家賃統制令の適用はなくなつたので、昭和二十六年一月十六日以降の損害金は、地代家賃統制令並びに物価庁告示乃至建設省告示に基づくいわゆる公定家賃統制額の四倍を以て相当とする。

よつて、まづ、昭和二十六年一月十六日以降の公定家賃統制額を算出すると、

(イ)、昭和二十六年一月十六日以降同年九月三十日間

(地代家賃統制令及び昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号による)

一ケ月につき 金四、一九五円

八、五ケ月で 計金三五、六五七円

(ロ)、昭和二十六年十月一日以降昭和二十七年十一月三十日間

(地代家賃統制令及び昭和二十六年九月二十五日物価庁告示第一八〇号による)

(A)、自昭和二十六年十月一日至昭和二十七年一月三十一日

一ケ月につき 金四、四七四円

四ケ月で 計金一七、八九六円

(B)、自昭和二十七年二月一日至昭和二十七年十一月三十日

一ケ月につき 金四、七八四円

一〇ケ月で 計金四七、八四〇円

(ハ)、昭和二十七年十二月一日以降昭和三十年一月三十一日間

(地代家賃統制令及び昭和二十七年十二月四日建設省告示第一四一八号による)

(A)、自昭和二十七年十二月一日至同月三十一日

一ケ月につき 金五、一六〇円

一ケ月で 計金五、一六〇円

(B)、自昭和二十八年一月一日至同年十二月三十一日

一ケ月につき 金五、四七〇円

一二ケ月で 計金六五、六四〇円

(C)、自昭和二十九年一月一日至同年十二月三十一日

一ケ月につき 金六、二七五円

一二ケ月で 計金七五、三〇〇円

(D)、自昭和三十年一月一日至同月三十一日

一ケ月につき 金七、四〇五円

一ケ月で 計金七、四〇五円

以上 合計金二五四、八九八円

従つて、本件家屋の損害金額は右公定家賃相当額金二五四、八九八円の四倍で金一、〇一九、五九二円である。

第二、請求原因の補足

一、被控訴人は本件建物を昭和十七年十二月十一日亡柴川泰蔵(昭和三十年七月二十四日死亡)に賃貸したものであるが、亡柴川泰蔵は被控訴人の承諾なく控訴人甲島善五郎、同小塚節子、同株式会社八百浅商店、同江戸自慢本舗株式会社八百浅商店同株式会社八百浅に対し本件建物を無断転貸した。而して右無断転借人五名が被控訴人に対抗し得べき正当な権限なくして本件建物を占有使用していた期間については、その始期は遅くとも昭和二十七年九月一日以前からであり、(甲第三号証不動産仮処分調書参照)、終期は被控訴人において本件第一審判決に基づき本件建物明渡の仮執行をなした昭和三十年二月七日である。

ところで控訴人甲島並びに同小塚は亡柴川泰蔵が主宰していた株式会社の使用人(乙第二号証の一、二参照)であるから右両名の本件建物二階及び一階の各一部の占有使用は右株式会社の占有使用ということになる。

又右両名を除く無断転借人である控訴人三名(いづれも株式会社)はその使用人である控訴人甲島及び同小塚の占有とは別個に本件建物全部を前叙期間直接に占有使用していたものである。

(甲第三号証参照)

二、従つて、控訴人株式会社八百浅商店、同江戸自慢本舗株式会社八百浅商店、同株式会社八百浅は、被控訴人に対し、各自前叙不法占有期間である昭和二十七年九月一日以降昭和三十年一月三十一日に到る間の本件家屋不法占有による損害金を支払うべき義務がある。

そこで右損害金額を算定する。

(尚、損害金額算定の基礎に関する詳細は附帯控訴状参照)

(一)、自昭和二十七年九月一日至同年十一月三十日

一ケ月につき 公定賃料 金四、七八四円

損害金 金一九、一三六円(公定賃料の四倍以下同じ)

二ケ月で 損害金 金三八、二七二円(ただし三ケ月分金五七、四〇八円の誤記と認める。)

(二)、自昭和二十七年十二月一日至同月三十一日

一ケ月につき 公定賃料 金五、一六〇円

損害金 金二〇、六四〇円

一ケ月で 損害金 金二〇、六四〇円

(三)、自昭和二十八年一月一日至同年十二月三十一日

一ケ月につき 公定賃料 金五、四七〇円

損害金 金二一、八八〇円

一二ケ月で 損害金 金二六二、五六〇円

(四)、自昭和二十九年一月一日至同年十二月三十一日

一ケ月につき 公定賃料 金六、二七五円

損害金 金二五、一〇〇円

一二ケ月で 損害金 金三〇一、二〇〇円

(五)、自昭和三十年一月一日至同月三十一日

一ケ月につき 公定賃料 金七、四〇五円

損害金 金二九、六二〇円

一ケ月で 損害金 金二九、六二〇円

以上損害金合計金六五二、二九二円也(ただし金六七一、四二八円の誤記を認める)

三、以上の次第であるから被控訴人は控訴人株式会社八百浅商店、同江戸自慢本舗株式会社八百浅商店、同株式会社八百浅に対しては本件家屋の明渡と金六十五万二千二百九十二円也(ただし金六十七万一千四百二十八円の誤記と認める)の支払を請求するものである。

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